監査法人は理不尽であふれている【監査を殺した審査部門の重鎮A】

先日このブログの問い合わせを通じて、ある提案をいただきました。
私にとっては最後のチャンスなのかもしれないので、真摯に検討させていただいているのですが、何よりそのお心遣いに深く感謝しています。
連絡先が記されていなかったことから、この場を借りて、お礼申し上げます。

 

 

こんにちは。

「書いている人」@CPABlogです(プロフィールはこちら)。

 

監査法人で働いていると理不尽なことが多いことに気付かされます。

40代になる頃には後輩たちにインチャージの座を譲らなければならないのも、健全な発展のためには必要なことだとは思いつつも、やはり外される側に立てば理不尽に感じるものです。

 

でもかつて監査の最前線で仕事をしていた頃に、これとは比べ物にならないくらい理不尽に思える出来事がありました。

 

監査上の判断

皆さんは自分が行った監査上の判断を先輩やパートナーに覆されて、理不尽に思ったことはありませんか。

 

私もこれまで数々の会社でインチャージを務めてきて、数えきれないくらい多くの監査上の判断を行ってきました。

その中でパートナーや審査担当社員、ひいては法人の審査部門に私の判断を覆されて、理不尽な思いをしたことが幾度となくあります。

 

皆さんもご存知のとおり監査上の判断は、基準に照らして白黒がはっきりつくことばかりではありません。

人によって判断が異なるような事象が生じることも少なくないのです。

 

例えばクライアントが顧客と新規取引を始めた場合、売上計上が認められるかどうかを考えるとき、その背景にある取り決めや商慣習、企業や取引先の意図など取引に関する一連の経済的事象を捉えて、判断していかなければなりません。

そして場合によっては売上計上が認められないケースもありえます。

 

このことは監査上の判断が、人によって異なる可能性があることを意味しています。

 

私の判断が誤っていたこともあるので偉そうなことは言えないのですが、異なる判断がありえるケースで自分の判断を覆されることは決して面白いことではありません。

 

監査を殺してしまった審査部門の重鎮A

その昔、私がまだ監査の最前線で戦っていた頃に、私が担当していたクライアントのある取引に関わる会計処理について、承認を取り付けるべく審査部門に事前相談したときのことです。

 

経済事象全体を考えるとクライアントが採用を予定していた会計処理が正しいと確信していた案件だったのですが、決算監査の審査で審査担当社員に判断を覆されるようなことがあると、面倒なことになってしまいますので、事前相談という形で審査部門の判断を仰いだのです。

 

この私が持ち込んだ案件を担当したのは、法人内でも保守的な判断を行うことで有名だった審査部門の重鎮Aだったので、割り当てが決まった時は嫌な予感しかしませんでした。

 

案の定、私が行った判断を説明している最中も、ネガティブな発言ばかりが聞かれ、結局クライアントが採用を予定していた会計処理は認められないとの結論になってしまったのです。

 

普通なら審査部門が下した判断ならばと、ここで引き下がるところなのですが、この案件に関してはクライアントが採用を予定していた会計処理は正しいと確信していた案件だったので、その後この重鎮Aとやり取りを重ね、必死になって説得しました。

 

重鎮Aには、しつこいと罵られながらも何度もやり取りを重ねたのですが、最後にその重鎮Aが私に聞いたのは

「この会社は上場しているのか」

でした。

 

つまり「非上場なら認めるが、上場なら認めない」ということだったのです。

 

不特定多数の関係者が存在する上場会社でのことなら、訴訟に発展する可能性も否定できないことから、リスクを取るような判断はできないが、非上場会社でのことなら、訴訟に発展することもないだろうから、その判断で良いということだったのでした。

 

上場会社での会計処理の話だったので、結局私が正しいと判断した会計処理が認められることは最後までありませんでした。

 

 

皆さんはこの話を聞いてどう思いますか。

 

 

私はこの重鎮Aは「監査」を殺してしまったのだと思います。

 

一部の開示等を除いて、会計処理の適否を判断するのに、上場・非上場は関係ありません。

こんなことは監査に携わる者なら誰でも理解していることです。

 

 

私自身も監査法人に所属しながら監査を行っている以上、法人の審査部門が行う最終判断には従うのがルールであると理解しています。

またこの審査部門の重鎮Aが行ったこの判断が、監査法人の経営という観点からは正しかったのだとも思います。

 

でも監査の品質を守る最後の砦である審査部門の重鎮Aが、監査上の判断に「監査法人の経営」を持ち込んだことによって、重鎮Aは監査を殺してしまったのだと思います。

 

まとめ

組織に属している以上、組織を守ることが必要なことも十分理解しているつもりです。

でも審査部門の重鎮Aが行った判断は、我々の都合だけ優先した理不尽な判断であり、結果として監査制度そのものを台無しにしてしまいかねない判断だったと、今考えてもそう思います。

 

でもそのような理不尽な判断を最終的には見て見ぬふりをして、受け入れてきた自分が一番理不尽な存在なのかもしれません。

 

監査法人でさまざまな理不尽を感じている人は少なくないと思います。

そのような人は、これらの理不尽を受け入れてしまい、自身が理不尽な存在になってしまわないように、気を付けなければなりません。

 

皆さんが自分らしくあるために、うまく監査法人からの出口戦略を見つけられることを望んでいます。

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